杉本貴司氏は日本経済新聞編集委員で、1975年生まれの大阪府出身です。
京都大学経済学部卒、同大学院経済学研究科修士課程修了後、日米で産業分野を取材してきました。
著書には『ホンダジェット誕生物語』『ネット興亡記』『孫正義300年王国への野望』などがあり、実績豊富なノンフィクション作家として知られています。
本書は「地方のさびれた商店街の紳士服店は、なぜ世界的なアパレル企業になりえたのか」という謎をひもとく決定版ノンフィクションです。
柳井正と、その夢に惹かれた同志たちの長き戦いをリアルに描き出しています。
500頁近い分厚い本として構成されており、佐藤可士和氏によるデザイン装丁が施されています。
創業からの軌跡と奇跡
さびれた商店街からの出発
本書の核心は「ユニクロはどうやってここから生まれたのか」という問いにあります。
さびれた商店街でくすぶっていた青年が「ユニクロ」という金の鉱脈をつかむまでの苦闘が描かれています。
物語は山口県の小さな紳士服店から始まります。創業者の家族、特に父親や奥さんの照代、次男の康治まで登場し、企業成長の背景にある家族の物語も丹念に描写されています。
企業成長の3つの条件
ユニクロが世界的なアパレル企業に飛躍するためには、3つの条件が必要でした。
- 経営者・柳井の構想力と実行力
- その夢を実現するための同志たる社員たちの存在
- 柳井の事業構想力のベースになった情報
柳井氏は3番目の貴重な情報源を、経営書の繰り返しの読書と果敢な人脈づくりを通して獲得してきました。
SPAモデルと東京進出戦略
フリースブームの到来
本書では「SPAへの挑戦。東京進出とフリースブームの到来」という重要な転換点が描かれています。
ユニクロの成功を決定づけた戦略的な取り組みとして、製造小売業(SPA)モデルの導入が詳述されています。
このモデルによって、企画から製造、販売まで一貫した体制を構築し、高品質な商品を低価格で提供することが可能になりました。
同志との出会いと別れ
集まる仲間たちと、古参社員との別れも重要なテーマとして扱われています。
主人公の柳井をはじめとして、「同志」の澤田、玉塚、柚木などの社員が本書に登場しています。
成長過程で現れては去っていく人材たちとの関係性が、企業成長の光と影を浮き彫りにしています。
グローバル展開への挑戦
海外進出の苦戦
苦戦する海外展開についても率直に描かれています。
国内での成功体験をそのまま海外に持ち込むことの困難さが、具体的な事例とともに紹介されています。

各段階で必要な経営資源と組織構造が大きく変化している点が本書の重要な洞察です。
社会的批判への対応
ブラック企業批判の総括
第9章「矛盾:『ブラック企業批判』が投げかけたもの」では、社員の働き方と海外の製造現場の実態についての記述があります。
著者は、国内店舗の社員たちからの聞き取りと、アジアの協力工場を取材しています。
外部からのユニクロ批判に関しては、成長途上のユニクロが陥った「矛盾」という形でブラック企業批判を総括しています。
急成長の過程で生じた組織的課題と社会的責任のバランスについて、冷静な分析が展開されています。
企業の社会的責任
ユニクロは国内外で存在感を高めながらも、社会から糾弾されるような矛盾と直面してきました。
その引き算からユニクロはどう這い上がってきたのかが描かれています。
情報製造小売業への進化
次世代ビジネスモデル
そして、情報製造小売業への進化という最新の展開まで扱われています。
デジタル技術を活用した新しい小売業の形態として、ユニクロが目指す未来像が示されています。
しかし、情報製造小売業の記述に至って、筆者の筆が走らなくなっているという指摘もあります。
これは、ユニクロの未来についてはまだ確定的な評価が困難であることを示唆しています。
取材力と描写力の秀逸さ
ノンフィクションとしての完成度
著者の丹念な取材と調査によって浮かび上がってきた柳井氏とその同志たちの奮闘の物語です。
著者は、非常に優秀なノンフィクション作家で、この本を書くことが相当に困難だったと思われるハードルを堂々と乗り越えることができています。
人間ドラマとしての魅力
柳井の周りに現れては去っていった同志たちとの赤裸々なやりとりを晒すことなしに、柳井正という人物の狂気は語れないでしょう。
経営者の孤独と情熱、そして同志たちとの絆と別れが、読者の心を強く打つ人間ドラマとして展開されています。
希望を見出す物語
現代への教訓
著者が見つけたのは『希望』です。
この国に存在する名もなき企業や、そこで働く人たちにとって希望になるであろう物語です。
その軌跡を辿ることで、私たちも、身近なところに潜む「希望」に気づけるのではないでしょうか。
読者への影響力
友人のTさんは「ここまで描いていいのかなぁと感じました」と評価し、すぐに購入を決めています。
本書の圧倒的な描写力と説得力が、読者に強い印象を与えることが分かります。
本書のポイント
本書は単なる企業成功談ではなく、現代日本の企業経営者や働く人々すべてにとって、勇気と希望を与える必読の書です。
ユニクロの軌跡を通じて、自分自身や自社の可能性を再発見できる一冊となっています。
- 圧倒的な取材力:著者の丹念な取材と調査による迫真のノンフィクション
- 人間ドラマの深さ:経営者とその同志たちの赤裸々な関係性
- 成長の3段階分析:地方企業→国内企業→グローバル企業への変遷
- 社会的課題への対応:ブラック企業批判などへの冷静な分析
- 希望のメッセージ:名もなき企業や働く人たちへの希望の物語
- 読みやすさ:500頁近い分厚い本でありながら平易で読みやすい文章