河野龍太郎氏は、日本の著名なエコノミストであり、BNPパリバ証券の経済調査本部長を務めています。
「世界経済の死角」は、2022年に出版され、グローバル経済の見落とされがちな課題と今後の展望を鋭く分析した作品です。
本書は、コロナ後の世界経済の構造変化や日本経済の課題について、豊富なデータと明快な論理で解説しており、経済の専門家から一般読者まで幅広い層から高い評価を受けています。
ポストコロナ時代の世界経済の構造変化
パンデミックがもたらした経済変革
コロナ禍は単なる一時的ショックではなく、世界経済の構造を根本から変えました。
河野氏は本書で、パンデミックが加速させた「脱グローバル化」の動きを詳細に分析しています。
サプライチェーンの見直しは世界的に進行し、各国は自国優先の経済政策へと舵を切りました。
中国依存からの脱却を図る「チャイナプラスワン」戦略は、多くの企業が取り入れるようになり、生産拠点の分散化が進んでいます。
これに伴い、各国の財政出動規模も拡大し、特に米国では対GDP比26.9%という前例のない規模での財政支援が実施されました。
インフレと金融政策の転換点
2021年から顕在化した世界的インフレについて、河野氏は一時的現象ではなく構造的な問題と指摘しています。
米国のCPIは2022年6月に前年比9.1%上昇と、約40年ぶりの高水準を記録しました。
このインフレに対応するため、FRBをはじめとする各国中央銀行は金融引き締めへと政策転換を図りました。
この金融引き締めは新興国経済に特に大きな影響を与え、ドル高の進行とともに債務問題を深刻化させるリスクがあります。
また、長期間の金融緩和で膨らんだ資産バブルが崩壊する可能性も高まっています。
地政学リスクと世界経済の分断化
米中対立の経済的影響
河野氏は米中対立を単なる貿易摩擦ではなく、技術覇権と安全保障を巡る「新冷戦」と位置づけています。
両国の対立は世界経済の「分断化」(フラグメンテーション)を促進しており、グローバル経済に大きな影響を与えています。半導体を中心とするサプライチェーンの再編は、すでに現実のものとなっており、世界のハイテク産業は米中の技術覇権争いの中で二極化が進んでいます。
- 米国のエンティティリスト掲載企業は2018年から2022年で約3倍に増加
- 投資スクリーニングの厳格化
ロシア・ウクライナ紛争と資源価格の高騰
ロシアによるウクライナ侵攻は、エネルギーと食糧の世界市場に甚大な影響を与えました。
河野氏はこの紛争が、単なる地域紛争ではなく世界経済の構造的な転換点になると分析しています。
欧州TTFガス価格は2021年比で最大10倍にまで上昇し、エネルギー危機は特に欧州経済に深刻な打撃を与えました。
また、ロシアとウクライナは世界の穀物輸出の約30%を占めており、この供給途絶は世界的な食糧価格の高騰を招いています。
日本経済の課題と展望
円安の構造的要因と影響
2022年に進行した円安について、河野氏は日米金利差だけでなく、日本の構造的な生産性の低さが根本原因だと指摘しています。
円の実質実効為替レートは40年間で約40%下落しており、この傾向は日本経済の競争力低下を反映しています。
輸入物価の上昇は国内インフレを加速させ、特にエネルギーや食品など生活必需品の価格上昇は家計に大きな負担を強いています。
また、交易条件の悪化も深刻で、2022年の交易条件指数は1990年比で約25%も低下しています。
人口減少社会における経済成長戦略
河野氏は、日本の人口減少問題に対して、単純な金融緩和や財政出動では解決できないと警鐘を鳴らしています。
日本のDX指数は先進国中最下位クラスであり、デジタル化による生産性向上が急務となっています。
また、労働力不足を補うために、女性や高齢者の労働市場への参加促進が必要不可欠です。
未来への提言:持続可能な世界経済の構築
エネルギー転換と脱炭素化の経済学
河野氏は気候変動対策を経済的リスク管理の観点から論じています。
特に注目すべきは、脱炭素社会への移行における「座礁資産」リスクです。世界の化石燃料関連資産の約30%が将来的に価値を失う可能性があると指摘しています。
カーボンプライシングは温室効果ガス削減の効果的な手段として注目されており、欧州を中心に導入が進んでいます。
また、2022年の世界のグリーンボンド発行額は約5,000億ドルに達し、環境関連投資への資金流入が加速しています。
世界経済の新たな均衡点
最後に河野氏は、ポストコロナ時代の世界経済が従来とは異なる均衡点に向かうと予測しています。
地域ブロック化の進展は、グローバル化の時代から新たな経済圏の形成へと世界を導いています。
また、長期にわたる低インフレ時代が終わり、今後は構造的に高めのインフレ率が続く可能性が高いと河野氏は分析しています。
まとめ
「世界経済の死角」は、複雑化する世界経済の動向を鋭い洞察力で読み解く一冊です。
河野氏の分析は単なる現状解説にとどまらず、将来への示唆に富んでいます。特に、グローバル化の転換点、地政学リスクの経済への影響、日本経済の構造的課題について、豊富なデータと明確な論理で説明されている点が高く評価できます。
本書を読むことで、ニュースでは捉えきれない世界経済の深層構造を理解し、不確実性の高まる時代に備える視座を得ることができるでしょう。
経済に関心のある全ての人に一読をお勧めします。
- パンデミック後の世界経済の構造変化を詳細に分析
- 地政学リスクの経済への影響を具体的データで解説
- 日本経済の課題(円安・人口減少)への実践的提言
- 持続可能な経済成長への道筋を示唆