著者は1973年生まれのルポライターで、27歳で独立し、「犯罪する側の論理」「犯罪現場の貧困問題」をテーマに裏社会や触法少年少女らの現場を中心とした取材活動を続けています。
2015年に脳梗塞を発症し、高次脳機能障害という「見えない障害」を負った当事者でもあります。
本書は、長年貧困層を取材してきた経験と、自身の脳機能障害体験を重ね合わせて「脳の問題」から貧困を分析した画期的な作品です。
貧困問題への新たな視点
従来の貧困論の限界
従来、貧困に陥る原因は個人の努力不足だと考えられることが多く、「貧困に留まる人は仕事も努力もしない」という自己責任論が支配的でした。
しかし、著者はこの考え方に「待った」をかけます。
長年の取材を通じて、貧困に陥る要因の多くが「脳の問題」に起因することを発見したのです。
著者自身の体験からの気づき
著者は高次脳機能障害を負った際、自分をコントロールできなくなり、「当たり前のことができない」状態に陥りました。
この体験を通じて、過去に取材した元看護師の女性と全く同じ症状であることに気づき、猛烈な「気付き」を得たと述べています。
「働けない脳」の実態解明
貧困当事者の特徴的行動
青年層の貧困当事者には、取材の約束を何時間も遅刻する、リスケを何度も繰り返す、優先順位をつけることが極端に苦手で、今やらなければならないことを決められずに全く違うことをやってしまうといった特徴的な行動パターンが見られます。
脳機能障害による日常生活の困難
本書では、脳機能障害が日常生活に与える具体的な影響を詳述しています。
- お金の計算に四苦八苦し、レジの表示金額を見ても財布から適切な金額を出せない
- 注意障害により、一点に視線が固定されると目が離せなくなる
- 現実感を得ることが困難で、自分で自分をコントロールする感覚が失われる
見えない障害の可視化
高次脳機能障害の理解困難さ
高次脳機能障害は身体の麻痺などのように一見して分かる障害ではなく、「見えづらい障害」「見えない障害」と言われ、本人・周囲の家族・医師ですらなかなかその実態が分からない障害です。
軽度障害の重篤性
福祉の世界では「軽度が重度」と言われるように、鈴木氏の高次脳機能障害も他のグレーゾーン、ボーダーラインの障害を持つ方同様、支援が得にくく、周囲の理解も得られにくい状況にあります。
自己責任論からの脱却
貧困の新たな理解
本書の最大の意義は、貧困を個人の責任ではなく、脳機能の問題として捉え直した点にあります。
これにより、従来の道徳的判断から科学的理解への転換が可能になります。
「働けない脳」という概念
「働けない脳」という概念により、一見働けそうに見える人が働けない理由を可視化し、自己責任論に終止符を打つことを目指しています。
支援制度と社会的対応
現状の制度の限界
本書では「なぜ彼らは制度利用が困難なのか」という章を設け、既存の支援制度の問題点を分析しています。
脳機能に問題を抱える人々が制度を適切に利用できない構造的な問題を指摘しています。
生活保護界隈での前進
「唯一前進している生活保護界隈」という章では、支援現場での具体的な取り組みについても言及され、希望的な側面も示されています。
当事者と支援者への提言
実践的なアプローチ
「『働けない脳』でどうするか?―当事者と周辺者・支援者へ」という章では、具体的な対応策が提示されています。
理論的な分析にとどまらず、実践的な支援方法についても言及している点が本書の特徴です。
おわりに
本書は「自己責任ではない!その貧困は『働けない脳』のせいなのだ」という明確なメッセージを発信しています。
貧困問題を脳科学的な視点から捉え直すことで、支援のあり方そのものを変革する可能性を秘めた重要な作品です。
貧困の原因を個人の怠惰から脳機能の問題として科学的に再定義
自身の障害体験と取材経験を重ね合わせた説得力のある論証
「見えない障害」の実態を具体的エピソードで可視化
従来の自己責任論を覆す新たな貧困理解の提示
当事者と支援者双方への実践的な示唆
読書メーターでは評価76%、136件のレビューを獲得し、多くの読者から支持を得ています。
貧困問題に関心を持つ方はもちろん、障害理解や社会福祉に携わる全ての人にとって必読の書といえるでしょう。
本書を読むことで、私たちの社会に潜む「見えない困難」への理解が深まり、より包摂的な社会の実現に向けた第一歩を踏み出すことができるはずです。