ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)をV字回復させた天才マーケター、森岡毅氏の著書「確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか」は、従来のマーケティング理論に一石を投じる画期的な一冊です。
本書では20世紀の巨人フィリップ・コトラーが提唱してきた「ターゲットを絞る」という伝統的なマーケティング手法に対し、「狭めるな、広げよう」という真逆の主張が展開されています。
森岡氏はUSJの改革において、「映画好きのためのテーマパーク」という狭いターゲット設定から、より幅広い層に訴求するアプローチへと転換することで劇的なV字回復を実現させました。
本書の核心は「確率思考」にあります。
マーケティングの成功確率を高めるためには、消費者の感情や本能を深く理解し、それに訴えかけるブランド構築とコンセプト設計が必要だと説きます。
日本のような成熟した市場では、商品の品質は既に高水準で平準化しており、単なる「良い商品」を作るだけでは差別化が困難です。
こうした「どんぐりの背比べ」の状況では、商品そのものよりも、それを取り巻くブランドイメージが購買決定の鍵を握るのです。
また本書では、マーケティングにおける消費者研究の重要性も強調されています。
特に注目すべきは「凡人」と「狂人」という消費者分類です。「凡人」は一般的なユーザー、「狂人」は超絶ヘビーユーザーを指し、両者の間にある感情を理解することがコンセプト設計の鍵となります。
森岡氏は、マーケターが自ら「狂人」になる体験をすること、つまり自社商品に深くのめり込み、ユーザーとしての視点を持つことの重要性を説いています。
さらに、消費者の購買決定プロセスを「システム1」(本能的・感情的判断)と「システム2」(論理的・合理的判断)に分け、効果的なマーケティングはシステム1に訴えかけるべきだと主張します。
人間は基本的に感情で動き、後付けで理由を考える生き物であるという洞察に基づいたアプローチです。
本書は単なるマーケティング理論書を超えた感動作としても評価されており、特に終盤のパンのエピソードは多くの読者の心を動かしています。
マーケティングの本質を「人間理解」に見出し、それを実践的な戦略に落とし込んだ本書は、ビジネスパーソンにとって貴重な指南書となるでしょう。
伝統的マーケティング理論への挑戦:ターゲットは広げるべきか、絞るべきか
「確率思考の戦略論」では、マーケティングの世界で長く信じられてきた「ターゲットを絞る」という常識に疑問を投げかけています。
20世紀のマーケティング理論の巨人フィリップ・コトラーは「広く浅く売るよりも狭く深く売る方が効率が良い」と主張してきました。
この考え方は、特定のターゲットに集中することで顧客対応の労力を減らし、リピート購入につながる確率を上げられるというものです。
しかし森岡氏は「狭めるな広げよう」という真逆の主張を展開しています。
実際にUSJの改革においても、「映画好きのためのテーマパーク」という狭いコンセプトから、映画好き以外の人にも楽しんでもらえるテーマパークへと方向転換したことで大きな成功を収めました。
この対立する二つの考え方について、本書では「どちらが正解かというものではなく、自社の製品・サービスの性質や業界によって適切なアプローチが異なる」と結論づけています。
例えば、日常的に消費される米のような商品は、特にファンでなくとも頻繁に購入されます。一方で、ファン層に支えられる商品もあります。
重要なのは、自社の商品・サービスの特性を理解し、それに合ったターゲット戦略を選択することです。
現代のマーケティングでは一概に「ターゲットを絞れ」というルールに固執するのではなく、柔軟な思考が求められているのです。
ブランド優先の時代:商品が良くても売れない理由
「商品が良ければ売れる」という考え方は、現代のマーケティングにおいては通用しません。
本書では「売れるためには製品やサービスよりもブランドの方がずっと重要」だと明言しています。
これは「消費者の脳は製品サービスよりもブランドを先に選択する構造になっている」という人間の心理に基づいています。
例えばビールを選ぶとき、消費者はまず「キリン」や「アサヒ」などのブランドを選び、その後に具体的な商品(「一番搾り」など)を選びます。
この主張については賛否両論ありますが、特に現代の日本市場においては説得力があります。
日本市場は「どんぐりの背比べ」状態
日本は物に溢れ、真面目な民族性もあって多くの企業が高品質な製品・サービスを提供しています。
そのため、多くの業界では商品の品質が平準化した「どんぐりの背比べ」状態になっています。
こうした状況では、商品力の差だけで消費者を振り向かせることは難しく、ブランドイメージが購買の決め手となるのです。
ブランドは企業イメージとあらゆる接点から形成される
ブランドとは単に「どこの会社が作ったか」という情報だけでなく、その商品に対してどんなイメージがくっついているかという点も含みます。
このイメージは様々な要素から形成されます。
企業のホームページデザイン
ロゴデザイン
CM・広告
企業・個人のSNS発信
社会貢献活動
商品のタイトルやパッケージデザイン
大企業はブランドイメージを守るために情報発信に最新の注意を払い、専門部署を設けるほどです。
個人事業主の場合は、人間自体がブランドとなります。
自分のビジネスから逆算して、与える印象をコントロールできているかが重要なのです。
効果的なマーケティングリサーチ:凡人と狂人に憑依する
マーケティング戦略を立てる上で、ターゲットとなる消費者の理解は欠かせません。
本書では、消費者を「凡人」(一般的なユーザー)と「狂人」(超絶ヘビーユーザー)に分類し、両者の間にある感情を理解することの重要性を説いています。
数値データだけでは不十分
従来のマーケティングリサーチでは市場データの収集やアンケート調査が一般的ですが、これだけでは消費者の感情を理解するには不十分です。
人間は頭で考えて動くのではなく、感情で動くものです。感情に働きかける状態を作れていなければ、集客力は大幅に低下します。
自ら体験することの価値
効果的なマーケティングリサーチのためには、自分自身がその商品・サービスの世界に深く入り込み、「狂人」レベルの経験をすることが重要です。
例えば、「ゲーム分野における狂人」とは、睡眠時間を削って1日中ゲームをしたり、何十万も課金するほどのめり込む人々を指します。
自分が扱う商品・サービスについて「ぶっ飛んだレベルの専門性」を獲得し、一ユーザーとして使い込むことで、消費者の感情や欲求を肌で理解できるようになります。
表面的な調査では発見できない、ドロドロとした感情(不安、悲しみ、怒り、嫉妬、恨み、秘密など)を理解することが、魅力的なコンセプト設計に不可欠なのです。
消費者の本能に訴えるコンセプト設計
効果的なマーケティングコンセプトは、消費者の本能に訴えかけるものでなければなりません。
本書では、マズローの5段階欲求説を引用しながら、人間の根本的な欲求に働きかけることの重要性を説明しています。
生存本能を刺激する
人間の本能は究極的には「生き残ることができるか」という一点に集約されます。
平和な現代日本では直接的な生存の危機は少ないものの、より良い形で生き残るための欲求は様々な形で表れます。
おいしい食事を摂りたい
お金を得たい・節約したい
コミュニティの中で優位な立場を得たい
孤独から逃れたい
自分をより優れた人間にしたい
商品・サービスがこれらの本能的欲求に訴えかけるものになっているかどうかが、マーケティングの成否を分けます。
システム1とシステム2
本書では、人が商品を選ぶ際の思考プロセスを「システム1」と「システム2」に分類しています。
1.自分にとって重要か
2.好きか嫌いか
3.本当に大丈夫か
このステップを突破できていないマーケティングは必ず苦戦します。
逆に、本能にうまく訴えかけられていれば「予算オーバーだけどどうしても欲しい」というマインドが生まれます。
1.メリットは本当に手に入るのか
2.価格は妥当なのか
3.他に選択肢はないのか
システム1で決断できなかった場合、消費者はシステム2の思考プロセスに入り、購入からは遠ざかる傾向があります。
効果的なマーケティングはシステム1に強く訴えかけ、システム2の検討に至る前に購買決定を促すことが理想的です。
まとめ:感情を理解した戦略的マーケティング
「確率思考の戦略論」の本質は、人間の感情を深く理解したマーケティング戦略の構築にあります。
集客や売上の向上に悩む企業や個人が取り組むべきポイントは以下の3点に集約されます
1.プロダクトよりもブランドを大事にする
2.凡人と狂人に憑依する
3.コンセプトは本能に訴える
これらのアプローチを実践することで、マーケティングの成功確率を高めることができます。
特に重要なのは、表面的なデータ収集やアンケートでは把握できない消費者の深層心理を理解することです。
自ら体験し、ターゲットの感情に寄り添うことで、真に響くコンセプトを生み出すことができるのです。
本書は単なるマーケティング理論書を超えた感動作としても評価されており、ビジネスパーソンだけでなく、人間理解に興味がある方にも薦めたい一冊です。
現代の飽和した市場で差別化を図りたい企業や個人にとって、従来の常識を覆す新たな視点を提供してくれるでしょう。