田内学著「きみのお金は誰のため:ボスが教えてくれた『お金の謎』と『社会のしくみ』」は、お金の本質と社会の仕組みを小説形式で解説した経済教養書です。
物語は中学2年生の佐ゆとと、投資銀行に勤める女性・苦悩七が、謎めいた屋敷に住む「ボス」と呼ばれる初老の男性からお金の正体と社会の仕組みについて学んでいくというストーリーです。
本書で最も注目すべき点は、多くの人が抱いている「お金」に対する常識を覆す三つの謎が提示されていることです。
それは「お金自体には価値がない」「お金で解決できる問題はない」「みんなでお金を貯めても意味がない」という三つの命題です。

これらの命題について、ボスは主人公たちに様々な例を挙げながら解説していきます。
本書は、私たちが「お金の奴隷」にならないために、お金の本質を理解し、社会の仕組みを知ることの重要性を説いています。
以下、本書の核心部分を詳しく見ていきましょう。

1. お金の本質と私たちの勘違い
私たちの多くは「お金のために働き」「お金に感謝し」「年収が高ければ偉い」と考え、「貯金が多ければ幸せ」だと感じています。
「生活を支えるのはお金」だと思い込み、いつしか「お金の奴隷」になっていることに気づきません。
本書では、この勘違いを解くために「お金の正体」を次の3つの命題で提示しています
- お金自体には価値がない
- お金で解決できる問題はない
- みんなでお金を貯めても意味がない
これらの命題を理解することで、お金に振り回されない生き方の選択肢が増えるのです。
2. 紙切れに過ぎないお金の謎
毎年燃やされる30兆円の紙幣
驚くべきことに、毎年約30兆円分もの紙幣が燃やされています。
これを積み上げると約300kmの高さ、国際宇宙ステーションまで届く距離になります。
紙幣は約5年使うとボロボロになるため、定期的に燃やして廃棄されているのです。
もし紙幣自体に価値があるなら、このように簡単に捨てるはずがありません。
この事実からも、紙幣自体には実質的な価値がないことが分かります。
インフレと貨幣価値の変動
時間の経過とともに物価が上がり、お金の価値は下がっていきます。
たとえば、現在100円のクッキーが将来200円になれば、1000円で買えるクッキーの数は10個から5個に減ってしまいます。

これが「お金の価値が下がる」ということです。歴史的に見ても、時間の経過とともに物価が上がり、お金の価値が下がるのは事実です。
だからこそ、単に銀行に貯金するだけでなく、投資などでお金を運用することが重要なのです。
税金と貨幣価値の関係
1873年の地租改正により、それまで米で収めていた税金を紙幣で納めることになりました。
税金を払わないと警察に捕まって土地を没収されてしまうため、国民は必死に働いて紙幣を手に入れるようになりました。
つまり、お金自体に価値があるわけではなく、税を導入することで個人にとっての価値が生まれ、お金が世の中に回り始めたのです。
これにより「一人一人にとっては価値はあるが、全体では価値が消える」という矛盾が生じています。

3. お金では何も解決できない真実
働く人がいなければお金は無力
お金で問題を解決できるのは、お金を受け取って働いてくれる人がいる時だけです。
例えば無人島に1億円持っていっても何も買えず、災害で働ける人がいなくなればお金は無力です。
ドーナツを例にすると、あなたがお金を払ってドーナツを買う時、そのお金はお店に入ります。しかし、ドーナツを作るにはお店側は小麦粉を購入し、小麦粉メーカーは小麦農家からの仕入れが必要です。
このように、お金の流れを追っていくと、様々な人が働いてドーナツが作られていることが分かります。つまり、問題を解決してくれているのはお金ではなく、働く人たちなのです。
ジンバブエのハイパーインフレから学ぶ教訓
ジンバブエでは2003年以降、ハイパーインフレが発生し、紙幣が価値を失って紙屑同然になりました。100兆ジンバブエドルという紙幣まで登場したにもかかわらず、人々は必要なものを十分に買えませんでした。
これは紙幣の大量発行が原因と言われていますが、本質的には「お金を配れば生産力も上がる」という勘違いにあります。
政府がすべきことは、お金を配ることではなく生産力を高めることだったのです。
4. みんなでお金を貯めても意味がない理由
少子高齢化と働き手の減少
将来の年金減少や平均寿命の延伸に備えて、多くの人がお金を貯めています。
しかし、みんなで貯金しても将来の備えにはなりません。
例えば、昔のお正月はおせち料理(保存食)を食べていました。これは当時、お正月には誰も働いておらず食べ物を買いに行けなかったためです。
同様に、極端な話ですが、もし少子高齢化が進みすぎて全員が老人になり働ける人がいなくなれば、お金をいくら持っていても意味がありません。
生産力が全てを決める
100人の村で毎日パンを2つずつ消費している状況で、災害によってパン工場の半分が壊れ、生産できるパンの数が半分になったとします。
この場合、政府がお金を配っても問題は解決しません。

パン工場が修復されるか、生産性が向上しない限り、お金を持っていてもみんながより高い金額を払ってパンを買うようになるだけで、生活の苦しさは変わりません。
個人としてはお金を持っている方が有利ですが、社会全体ではお金を貯めることは問題解決につながらないのです。
将来への本当の備え
年金問題も同じ視点で考えることができます。
若者が老人に仕送りする金額が増えれば老人はパンを買えるようになるかもしれませんが、若者は買えなくなります。逆も然りです。
真の解決策は、少子化を解消したり、一人当たりの生産性を上げることです。
また、教育制度や医療制度、インフラといった社会基盤の蓄積も、将来を豊かにするために重要です。

5. お金の奴隷にならないために必要な意識改革
「私たち」の範囲を広げる
かつては近所の人々が集まって子供を育て合ったり、食べ物を分け合ったりしていました。しかし現代では、「私たち」という仲間意識の範囲が狭くなっています。
例えば、近所の和菓子屋でドラ焼きを買う時、おばあちゃんを「私たち」の外側にいる他人だと思えば、単にお金でドラ焼きを手に入れたという感覚になります。
しかし、おばあちゃんを仲間と思えば、「おばあちゃんがドラ焼きを作ってくれた」と感じられるのです。
この「私たち」の範囲は意識次第で広がります。
お金の奴隷になっている人ほどこの範囲が狭く、自分の生活を支えるのはお金だけだと思い込んでしまいます。
目的の共有と人を愛すること
「私たち」の範囲を広げるためには、目的を共有することと人を愛することが重要です。
災害時に「私たち」と感じる範囲が広がるのは、被災した人々を助けるという目的を社会全体で共有できるからです。
気候変動や自然破壊など、世界が直面している問題に興味を持ち、未来を守るという目的を共有できれば、「私たち」は広がります。
また、人を愛することで、その人がどう感じているかを考えるようになります。
例えば、自分の子供が将来良い人生を歩むためには、社会全体が良くなることを願うようになります。
このように、心から人を愛することで「私たち」の範囲を広げることができるのです。
本書は、単なる経済書ではなく、お金と社会の関係を根本から見直し、人々が協力し合って生きることの大切さを教えてくれる本です。
物語形式で読みやすく、感動的な結末も用意されているようですので、お金の勉強をしたい方だけでなく、社会の仕組みや人間関係について考えたい方にもおすすめの一冊です。
