古屋星斗氏の「「働き手不足1100万人」の衝撃――2040年の日本が直面する危機と"希望"」は、日本の人口減少と高齢化が引き起こす深刻な労働力不足の問題に正面から向き合った一冊です。
著者は経済学者としての視点から、2040年に日本が直面する1100万人という途方もない労働力不足の現実を数字とデータで明らかにします。
同時に、この危機を乗り越えるための具体的な提言と希望の道筋も示しており、日本社会の持続可能性を考える上で必読の書といえるでしょう。

迫り来る人口減少の実態と衝撃的な数字
2040年、働き手不足1100万人の意味するもの
本書の冒頭で著者は、2040年に日本が直面する労働力不足の規模が1100万人に達するという衝撃的な予測を提示しています。
これは現在の札幌市の人口に匹敵する規模です。
著者はこの数字が単なる予測ではなく、すでに生まれている人口構成から導き出される「確定的な未来」であると強調しています。
- 生産年齢人口(15〜64歳)は2020年の7500万人から2040年には6000万人以下に減少
- 高齢化率は2040年に35%を超え、約3人に1人が65歳以上になる
- 労働力人口は2040年までに約20%減少する見込み
危機的状況がもたらす経済・社会への影響
著者は労働力不足がもたらす具体的な影響について詳細に分析しています。
労働力人口の減少は単に経済成長率の低下をもたらすだけでなく、社会保障制度の持続可能性も脅かします。
現行の年金・医療・介護システムを維持するためには、一定規模の労働力と税収が必要不可欠です。
- GDP成長率は年率マイナス1%程度で推移する可能性がある
- 社会保障費は2040年までに現在の1.5倍に膨張する見込み
- 地方では深刻な人手不足により基本的なインフラ維持すら困難になる地域が出てくる
労働力不足がもたらす産業構造の変化
業種別にみる人材不足の実態と予測
著者は労働力不足が各産業にどのような影響を与えるかを詳細に分析しています。
特に介護・医療分野では2040年までに約300万人の人材が不足すると予測されています。
建設業や運輸業でも深刻な人手不足が予想され、これらのインフラを支える産業の弱体化は社会全体に大きな影響を及ぼします。
- 医療・介護: 約300万人
- 建設業: 約150万人
- 運輸・物流: 約120万人
- 小売・サービス: 約200万人
- 製造業: 約180万人
- その他: 約150万人
デジタル化・自動化による労働生産性向上の可能性
労働力不足への対応策として、著者はデジタル化と自動化の可能性に注目しています。
AIやロボティクスの進化により、一部の業務は自動化が可能になると分析しています。
特に単純作業や定型業務については、テクノロジーによる代替が進むでしょう。
- 製造業では最大40%の労働力削減が可能になる
- 事務職の約30%は自動化できる可能性がある
- 小売業ではレジ業務の無人化などで20〜30%の効率化が見込める
しかし、テクノロジーだけでは労働力不足の問題は解決できない点も強調されています。
外国人材の活用と共生社会の構築
移民政策の転換点と外国人労働者の現状
著者は日本の移民政策の変遷を振り返りながら、外国人材の活用が労働力不足対策として不可欠であると論じています。
2019年の入管法改正による「特定技能」制度の創設は大きな転換点でした。
しかし、現在の外国人労働者数(約172万人)は全労働人口の約2.5%に過ぎず、他の先進国(10〜15%)と比較して極めて低い水準です。
- 労働力不足を補うためには2040年までに約500万人の外国人労働者が必要
- 現在の受け入れペースでは2040年時点で300万人程度にとどまる見込み
- 外国人材の受け入れ拡大には言語・文化・住居などの環境整備が必須
多文化共生のための社会インフラ整備
外国人材の受け入れ拡大には、社会的なインフラ整備が不可欠です。
著者は多文化共生社会を実現するための具体的な提言を行っています。

言語サポート、教育システムの整備、差別防止策など、包括的なアプローチが必要だと強調しています。
- 多言語対応の行政サービス拡充
- 外国人子弟のための教育環境整備
- 住宅確保支援と地域コミュニティへの統合促進
- 異文化理解教育の推進
- 労働環境の平等性確保
高齢者と女性の労働参加拡大
シニア層の就労促進と新たな働き方
著者は高齢者の労働参加拡大が労働力不足対策として重要だと指摘しています。
65歳以上の就業率は過去10年間で約10ポイント上昇し、現在では約25%に達しています。
著者は「人生100年時代」を見据え、70歳までの就労が一般的になる社会を展望しています。
- 定年制度の見直しと柔軟な勤務形態の導入
- 高齢者の健康維持・増進のための社会的支援
- 年金制度と就労インセンティブの調整
- 高齢者の技能と経験を活かせる職場環境の整備
女性活躍推進と働き方改革の本質
女性の労働参加率向上も重要な対策です。
日本の女性就業率はM字カーブが解消されつつあるものの、管理職比率や賃金水準では依然として先進国の中で低い位置にあります。
著者は「女性活躍」が単なるスローガンではなく、労働力確保の観点からも必須であると論じています。
- 保育・介護サービスの充実
- 男性の家事・育児参加促進
- 同一労働同一賃金の徹底
- テレワークなど柔軟な働き方の定着
- 管理職への女性登用促進策
教育改革と人材の質的向上
これからの時代に求められるスキルと教育改革
著者は単に労働力の量を確保するだけでなく、質的向上も重要だと指摘しています。
AI時代に求められるスキルセットは従来とは大きく異なります。
著者はSTEAM教育(Science, Technology, Engineering, Arts, Mathematics)の重要性や、リスキリング(職業能力の再開発)の必要性を強調しています。
- デジタルリテラシーと技術活用能力
- 創造性と問題解決能力
- コミュニケーション能力と共感力
- 変化への適応力と生涯学習能力
- 多様性への理解と協働能力
リカレント教育とリスキリングの重要性
著者は社会人の学び直し(リカレント教育)の重要性を強調しています。
技術革新のスピードが速まる中、一度習得したスキルだけでは通用しない時代が到来しています。
著者のデータによれば、現在の労働者の約70%が今後10年間で何らかのリスキリングを必要とするでしょう。
- 企業による教育投資の拡大(現在のOECD平均の半分程度)
- 教育費の税制優遇措置
- オンライン教育プラットフォームの整備
- 産学連携による実践的教育プログラムの開発
地方創生と地域経済の活性化
地域間格差と人口移動の新たな潮流
著者は労働力不足問題が地域によって深刻度が異なることを指摘しています。
東京一極集中が続く一方で、地方では人口減少と高齢化がさらに進行しています。
しかし、コロナ禍を契機に地方移住への関心が高まるなど、新たな潮流も生まれています。
- 東京圏への年間転入超過は約10万人(2019年)
- 地方の生産年齢人口減少率は都市部の約1.5倍
- 地方自治体の約半数が2040年までに消滅可能性都市に
コンパクトシティと地域産業の再生
著者は人口減少時代の地域戦略として「コンパクトシティ」の概念を提案しています。
限られた資源を効率的に活用し、持続可能な地域社会を構築する視点が重要です。
また、地域産業の再生には地域特性を活かした差別化戦略が鍵となります。
- 中心市街地への機能集約と公共交通網の整備
- 地域資源を活かした産業振興(農業・観光など)
- テレワーク推進による地方移住者の受け入れ
- 広域連携による行政サービスの効率化
- スマートシティ技術の活用
まとめ:危機を希望に変える道筋
本書は2040年に日本が直面する労働力不足という危機を詳細に分析すると同時に、その危機を乗り越えるための具体的な方策を提示しています。

著者は人口減少という「確定した未来」を前提に、社会システムを再構築する必要性を強調しています。
労働力不足は避けられない現実ですが、それを悲観するのではなく、社会変革の契機として捉えることが重要です。
- 2040年の労働力不足1100万人は「確定した未来」である
- 単一の対策ではなく、複合的アプローチが必要
- デジタル技術の活用と人間にしかできない仕事の再定義
- 外国人材・高齢者・女性の労働参加拡大が不可欠
- 教育改革による人材の質的向上
- 地域特性を活かした地方創生
- 危機をチャンスに変える発想の転換