慶應義塾大学環境情報学部教授の今井むつみ氏による本書は、「新書大賞2024」大賞を受賞した『言語の本質』に続く注目作です。
認知科学の専門家として、コミュニケーションで生じる「伝わらない」問題を科学的視点から解明しています。
間違っているのは「言い方」ではなく「心の読み方」という核心的な視点を提示し、ビジネス・教育・家庭における根本的な解決策を示します。

認知科学が解き明かすコミュニケーションの真実
人間の認知メカニズムの限界
本書の最大の特徴は、私たちが普段いかに世界を都合よく解釈しているかを科学的に明らかにしている点です。
人間の認知システムには以下の特性があることが示されています。
・見ていないものを「見た」と記憶してしまう
・やったことをすっかり忘れている
・聞きたくない話は耳に入らない
これらの認知特性により、「何回説明しても伝わらない」のが当然だと思えてくるほどの状況が生まれています。
9歳の壁との共通構造
「説明しても伝わらない」のは「9歳の壁」と同じという重要な指摘がされています。教育現場でよく知られる9歳の壁とは、抽象的思考への転換期に生じる理解困難です。大人のコミュニケーション問題も、相手の認知状態を理解せずに情報を伝えようとする構造的な問題として捉えられています。

実践的な解決策の提示
心の読み方の重要性
「心の読み方」を考えることが、その第一歩になると本書では提案されています。
相手の認知状態や背景知識を理解することが、効果的なコミュニケーションの前提となります。
・何度も繰り返し説明する
・リマインドメールを送る
・より詳しく説明する
これらの方法では、「何度も繰り返して言う」、「リマインドメールを出す」では解決しませんという現実が指摘されています。
コミュニケーションの本質的理解
コミュニケーションとは、一方的に自分の意見を通すことではなく、相手の立場を考えて伝える、不断の努力のこととして再定義されています。
この視点により、伝える側の責任と努力の方向性が明確になります。
科学的根拠に基づく実用性
認知科学の知見の活用
専攻は認知科学、言語心理学、発達心理学という著者の専門性が活かされ、単なる経験論ではない科学的裏付けのある内容となっています。
理論と実践のバランスが取れた構成により、読者は納得感を持って取り組むことができます。
幅広い適用領域
本書の知見は以下の場面で活用できます。
・職場での部下や上司との意思疎通
・教育現場での指導法改善
・家庭内での親子
・夫婦間コミュニケーション
・プレゼンテーションや会議の効果向上
現代社会への示唆
人間らしさの再発見
その営みこそが人間を人間たらしめているという表現で示されるように、コミュニケーションの努力自体が人間性の核心であることが強調されています。
デジタル化が進む現代において、人間同士の理解を深める重要性が再確認されます。
継続的な学習の必要性
それでもなお、伝えることを諦めないためにはどうしたらよいかという問いかけにより、完璧な解決策はないものの、継続的な改善努力の価値が示されています。
本書のポイント
本書は単なるコミュニケーション術の解説書ではありません。
人間の認知特性を科学的に理解することで、「伝わらない」現象の本質を明らかにし、根本的な解決アプローチを提示しています。
理論と実践のバランスが取れ、読者が日常的に活用できる具体的な視点を提供する、現代人必読の一冊といえるでしょう。
