冨山和彦氏は経営共創基盤(IGPI)の代表取締役CEO、産業再生機構の元COOとして知られる経営者です。
「ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか」は、AIやデジタル技術の進展により、従来型のホワイトカラー職業が消滅の危機にあると警鐘を鳴らす著書です。
本書では、テクノロジーの急速な発展による労働市場の激変を分析し、個人や企業、そして日本社会全体が取るべき戦略を提言しています。
日本の雇用システムや教育制度の根本的な改革の必要性を示した、時代を先取りした一冊となっています。

AI時代の到来とホワイトカラーの危機
デジタル化がもたらす雇用の変容
冨山氏は本書で、AIやロボット技術の進展により、今後10〜20年の間に日本の労働人口の約49%が就いている職業が、機械によって代替可能になると警告しています。
特に危機に瀕しているのは、定型的な業務を担うホワイトカラーです。
銀行の窓口業務や保険の査定、一般事務など、マニュアル化できる仕事は急速に自動化されると予測しています。
ミドルスキルの衰退と二極化
労働市場は「高スキル・高賃金」と「低スキル・低賃金」の二極化が進み、これまで日本社会の中核を担ってきた「ミドルスキル・ミドル賃金」の層が急速に縮小すると分析しています。
実際に、アメリカでは既に1990年代からこの現象が顕著に表れており、中間管理職の数は1990年から2013年の間に約40%減少したというデータが示されています。
グローバル化と日本型雇用の限界
日本企業の競争力低下の構造的要因
冨山氏は日本企業の国際競争力低下の原因として、過剰な「横並び意識」と「同質性重視」の企業文化を指摘しています。
終身雇用と年功序列に基づく従来の日本型雇用システムは、変化の激しいグローバル競争下では機能不全に陥っていると断言します。
日本企業の労働生産性は、OECD加盟国中21位(2018年時点)と低迷しており、特にホワイトカラーの生産性は米国の約半分にとどまるというショッキングなデータも紹介されています。
メンバーシップ型からジョブ型雇用への転換
冨山氏は日本型の「メンバーシップ型」雇用から、職務や役割を明確にした「ジョブ型」雇用への転換が不可避だと主張しています。
メンバーシップ型雇用では、会社への忠誠心や協調性が重視され、具体的な職務内容や専門性が曖昧になりがちです。
一方、ジョブ型雇用では
- 成果に基づく評価
- 職務内容と責任範囲が明確
- 専門性に応じた処遇
- 流動的な労働市場
これらの特徴を持ち、グローバル競争に対応できる人材の育成に適していると説明しています。

AI時代を生き抜くための新たな能力
代替されない仕事の特徴
冨山氏によれば、AIに代替されにくい仕事には共通の特徴があります。
- 創造性が求められる仕事
- 高度な対人スキルを要する仕事
- 複雑な状況判断が必要な仕事
- 身体性を伴う仕事
これらは機械的なアルゴリズムでは再現しにくい要素を含んでいます。
特に「暗黙知」と呼ばれる経験に基づく知恵や、人間特有の感情理解力は、AIが最も苦手とする領域だと分析しています。
「深い知性」と「考える力」の重要性
本書では、未来の労働市場で価値を持つのは「深い知性」と「考える力」だと強調されています。
単なる知識の蓄積ではなく、情報を分析し、本質を見抜き、新たな価値を創造する能力が求められるのです。
- 論理的思考力と問題解決能力
- 高度なコミュニケーション能力
- デジタルリテラシー
- 異文化理解力
- 生涯学習への意欲と適応力
教育改革の必要性
「詰め込み教育」から「考える教育」へ
日本の教育システムは、知識の詰め込みや受験テクニックの習得に偏重しており、AI時代に必要とされる創造性や批判的思考力の育成に失敗していると冨山氏は指摘します。
実際、PISAの「協同問題解決能力」調査では、日本の高校生は知識レベルに比べて応用力が低いという結果が出ています。
リベラルアーツと専門教育の融合
冨山氏は、これからの教育に必要なのは、幅広い教養(リベラルアーツ)と深い専門知識の両立だと主張しています。
特に高等教育においては、学問分野の垣根を越えた学際的アプローチが重要になると説きます。
社会システムの再設計
セーフティネットの再構築
技術革新による失業リスクに対応するため、職業訓練や生涯学習の機会提供、社会保障制度の見直しが必要だと冨山氏は説きます。
特に、終身雇用に依存しない新たなセーフティネットの構築を提言しています。
- ジョブ型雇用を前提とした労働法制の整備
- 職業能力の可視化と認証システムの確立
- 雇用によらない多様な働き方の支援
- リカレント教育への公的支援の拡充
地方創生と産業構造の転換
本書では、日本経済の活性化のためには、東京一極集中から地方分散型の産業構造への転換が必要だと主張されています。
地域の特性を活かした産業育成と、それを支える人材の流動化が重要だというのです。
冨山氏は地方経済活性化のための「G(グローバル)とL(ローカル)の二層構造」という概念を提示しています。
グローバル競争に晒される産業と、地域に根ざしたサービス産業では、求められる人材像や経営戦略が異なるという分析です。

未来への処方箋
冨山氏の本書は、単なる悲観的な予測に終わらず、日本社会が進むべき具体的な道筋を示しています。
ホワイトカラーの仕事が消滅する時代に備え、個人、企業、社会のそれぞれが取るべき行動を明確に提言しているのです。
本書は、AI時代の到来を目前に控えた日本社会に対する警鐘であると同時に、個人が自らのキャリアを主体的に考えるための貴重な指針となっています。
未来の働き方に不安を感じる全ての人に一読をお勧めします。
- AI時代には「何を知っているか」より「何ができるか」が重要
- 専門性と創造性を兼ね備えた「知的プロフェッショナル」への転身
- 企業はジョブ型雇用への移行と人材の多様化を推進すべき
- 教育機関は「考える力」を育む教育改革を急ぐべき
- 政府は労働市場の流動化と新たなセーフティネット構築を両立させる政策を