遠藤貴則著「ザ・ニューロマーケティング」は、脳科学の知見をマーケティングに応用する最先端のアプローチを解説した一冊です。
著者の遠藤氏は日本におけるニューロマーケティングの先駆者であり、企業向けコンサルティングや大学での研究活動を通じてこの分野を牽引してきました。
本書では、従来の「顧客が言ったことを信じる」マーケティングから、「顧客の脳が語る真実を知る」科学的なマーケティングへの転換が提唱されています。
fMRIやアイトラッキングなど最新の脳計測技術を用いた消費者心理の解明方法から、ビジネスでの実践的な活用事例まで、幅広く解説されています。
ニューロマーケティングの基礎と可能性
従来のマーケティングの限界
本書ではまず、従来のマーケティングリサーチが抱える根本的な問題が指摘されています。
アンケートやインタビューなどの従来手法では、消費者の「本音」を知ることが難しいという限界があります。
著者によれば、消費者の購買意思決定の95%以上は無意識下で行われているというデータがあります。
つまり、消費者自身も自分がなぜその商品を選んだのか、正確に説明できないのです。
- 消費者は自分の行動理由を正確に説明できない
- 社会的望ましさによるバイアスが生じる
- 意識的な回答と実際の購買行動に乖離がある
- 言葉にできない感情や感覚を捉えられない
著者は「人は考えていることをそのまま言わないし、言っていることをそのまま行動に移さない」と指摘しています。
この問題を解決するのがニューロマーケティングだと説明されています。
脳科学が明かす消費者の本音
ニューロマーケティングとは、脳科学の知見と技術を活用して消費者の無意識の反応を測定・分析する新しいアプローチです。
著者はこの手法により「言葉にできない」消費者心理を科学的に解明できると説明しています。
- fMRI(機能的磁気共鳴画像法):脳の血流変化を測定
- EEG(脳波計測):脳の電気的活動を測定
- アイトラッキング:視線の動きを追跡
- 表情分析:微細な表情変化から感情を分析
- 皮膚電気反応:情動による発汗変化を測定
著者は特に「無意識の測定」がニューロマーケティングの核心だと強調していま。
実際、ある実験では、意識的評価と脳活動の測定結果が異なるケースが約40%もあったというデータが紹介されています。
脳が「買いたい」と決める瞬間
購買意思決定の神経メカニズム
本章では、人間の購買意思決定がどのような脳内プロセスで行われるのかが詳細に解説されています。
著者はこの理解が効果的なマーケティング戦略の基礎になると説明しています。
- 前頭前皮質:理性的な判断や計画を司る
- 扁桃体:感情的反応を生み出す
- 側坐核:報酬と快感を処理する
- 島皮質:不快感や嫌悪感を処理する
- 海馬:記憶の形成と想起に関わる
著者によれば、これらの脳領域の活動パターンを分析することで、消費者が何に魅力を感じ、何に抵抗を感じるかを客観的に測定できるとのことです。
「脳を動かす」マーケティングの原則
消費者の脳を効果的に刺激するマーケティングの原則について、著者は複数の科学的研究を引用しながら解説しています。
特に重要な原則として以下が挙げられています
- 感情に訴えかけること(理性より感情が購買を動かす)
- 報酬系を活性化させること(快感や期待感を創出する)
- 脳の認知負荷を減らすこと(シンプルで分かりやすい情報提供)
- 社会的証明を活用すること(他者の行動が強い影響力を持つ)
- ストーリーテリングを用いること(物語形式は記憶に残りやすい)
特に興味深いのは、価格と価値の知覚に関する実験結果です。
同じワインでも高価格だと伝えると、実際に脳の報酬系が強く活性化するというデータが紹介されています。
これは価格そのものが「価値」を創り出すことを示しています。
五感を通じた消費者体験の科学
視覚マーケティングの新展開
消費者体験において最も重要な感覚である視覚に関するニューロマーケティング研究が詳しく紹介されています。
著者は視覚情報の処理が無意識レベルで商品評価に大きく影響すると説明しています。
- 消費者の視線が最初に向かう位置は購買確率と85%の相関がある
- パッケージデザインの色彩が購買意欲に与える影響は62%に及ぶ
- 商品画像の「右側」に配置された商品は約28%購買意向が高まる
- 顔の画像(特に赤ちゃんや女性)は視線を約2.7倍引きつける
著者は特にアイトラッキング技術の有用性を強調しています。
この技術により、消費者がパッケージや広告のどこを見て、どこを見ていないかが正確に測定できるためです。
聴覚・触覚・嗅覚の活用法
視覚以外の感覚も消費者体験に大きく影響することが科学的データとともに解説されています。
特に複数の感覚を組み合わせた「マルチセンソリー・マーケティング」の効果が強調されています。
- 店内BGMのテンポが遅いと滞在時間が平均32%増加する
- 香りのある店舗は香りのない店舗と比べて売上が約23%高い
- 商品の触感が購買意思決定に与える影響は約40%に及ぶ
- 飲食店で特定の音楽を流すと対応する国の料理の注文が増加する
著者は「感覚は直接脳に働きかけ、意識的なフィルターをバイパスする」という点で、強力なマーケティングツールになると指摘しています。
実際、ある実験では感覚的要素を最適化したパッケージは売上を58%向上させたというデータも紹介されています。
ブランディングと脳科学の融合
ブランドが脳に刻まれるメカニズム
本章では、ブランドが消費者の脳内にどのように表現され、どのような神経メカニズムで選択されるかが解説されています。
著者は強力なブランドは特徴的な脳活動パターンを生み出すと説明しています。
- 強いブランドは前頭前皮質の認知的負荷を軽減する
- 好きなブランドを見ると報酬系(側坐核)が活性化する
- ブランドへの感情的愛着は宗教的信念と類似の脳活動を示す
- ブランドロイヤルティの高い消費者は価格情報に対する脳反応が弱い

ストーリーテリングの神経科学
ブランディングにおけるストーリーテリングの効果について、脳科学的な根拠が解説されています。
著者によれば、物語形式の情報は他の形式よりも脳を強く活性化させるとのことです。
- 物語を聞いているとき、語り手と聞き手の脳活動が同期する
- 感情的なストーリーは記憶定着率を約22%向上させる
- ストーリーは共感性を司る「ミラーニューロン」を活性化させる
- 物語形式の広告は説明的な広告より購買意欲を約31%高める
著者は特に「神経結合(neural coupling)」という現象を強調しています。
これは物語を通じて語り手と聞き手の脳活動が同調する現象であり、強力な共感と信頼を生み出す基盤になるとのことです。
ニューロマーケティングの実践手法
効果的な実験設計と測定方法
本章では、企業がニューロマーケティングを実践するための具体的な手法が解説されています。
著者は科学的な手法と現実のビジネスをどう結びつけるかを詳細に説明しています。
- 明確な調査目的の設定
- 適切な測定技術の選択
- 実験デザインの構築
- サンプル集団の選定
- データ収集と分析
- 結果の解釈とビジネス応用
著者によれば、測定技術の選択が特に重要です。
予算や調査目的に応じて、fMRI(最も詳細だが高コスト)からEEG(比較的安価で携帯可能)まで、適切な技術を選ぶ必要があります。
企業事例に学ぶ成功法則
これらの事例から導かれる共通の成功要因として、以下のポイントが挙げられています
- 明確なビジネス課題に焦点を当てる
- 従来のマーケティングリサーチと併用する
- 段階的にアプローチし、小さな成功を積み重ねる
- 複数の脳計測技術を組み合わせて信頼性を高める
- 実験結果を実際のマーケティング施策に翻訳する能力
著者は「成功事例に共通するのは、科学的知見をビジネス課題に直結させる翻訳力だ」と指摘しています。
技術だけでなく、その結果をどう解釈し活用するかが成功の鍵となります。
ニューロマーケティングの未来展望
テクノロジーの進化と可能性
本章では、ニューロマーケティングの将来展望と、新しいテクノロジーがもたらす可能性について解説されています。
著者はこの分野が急速に進化していることを強調しています。
- ウェアラブル脳波計測器:日常環境での脳活動を測定可能に
- 深層学習を用いた表情分析:微細な感情変化をリアルタイムで検出
- バーチャルリアリティと脳計測の統合:没入環境での消費者反応を測定
- スマートフォンベースのアイトラッキング:大規模なリモート調査が可能に
- 音声分析による感情推定:声のトーンから無意識の感情状態を推定
著者によれば、これらの技術により、ニューロマーケティングの「コスト」と「アクセシビリティ」の問題が急速に解消されつつあるとのことです。
従来は高額な設備と専門知識が必要でしたが、今後は中小企業でも活用できる可能性が高まっています。
倫理的課題と社会的影響
ニューロマーケティングがもたらす倫理的課題についても詳細に論じられています。
著者は科学的知見の責任ある活用の重要性を強調しています。
本書では以下の倫理的課題が指摘されています。
- 消費者のプライバシーとデータ保護
- 脳データの所有権と使用範囲
- 「脳のハッキング」に対する懸念
- 脆弱な消費者層への過度の影響
- マーケティングと操作の境界線
著者は「消費者を操作するのではなく、真のニーズを理解するためのツールとして活用すべき」と主張しています。
実際、ニューロマーケティング学会が定める倫理規定では、消費者の自律性を尊重し、透明性を確保することが強調されています。
最終的に著者は「ニューロマーケティングは消費者と企業の双方にメリットをもたらす可能性がある」と結論づけています。
消費者にとっては自分のニーズに合った製品・サービス、企業にとっては効果的なマーケティング戦略が実現できるとのことです。
明日から使えるニューロマーケティングの知見
脳科学に基づくマーケティングの原則
本章では、高度な脳計測技術がなくても、ニューロマーケティングの知見を活用できる実践的な原則が紹介されています。
著者は「科学的根拠に基づいた直感的マーケティング」の可能性を説いています。
- 「ピーク・エンド・ルール」:体験の最高点と終了時の印象が全体評価を決定する
- 「選択のパラドックス」:選択肢が多すぎると意思決定が困難になる
- 「アンカリング効果」:最初に提示された情報が判断の基準となる
- 「フレーミング効果」:情報の提示方法で意思決定が変わる
- 「ミラーニューロン効果」:他者の行動を見るだけで同じ脳領域が活性化する
著者は特に「消費者体験の設計」の重要性を強調しています。
脳科学研究によれば、ポジティブな感情体験は記憶に強く残り、ブランドロイヤルティにつながるとのことです。
明日からできる実践テクニック
最後に、企業規模や予算に関わらず、すぐに実践できるニューロマーケティングの手法が紹介されています。
著者はこれらを「科学に基づいた小さな変化が大きな効果を生む」と表現しています。
- 「3秒テスト」:最初の3秒で主要メッセージが伝わるか確認する
- 「感情を呼び起こす言葉」を広告やパッケージに使用する
- 「社会的証明」の要素をマーケティング材料に取り入れる
- 「シンプルさ」を追求し、認知的負荷を最小化する
- 「ストーリー形式」でブランドメッセージを構築する
著者によれば、あるeコマースサイトでは、これらの原則に基づいたサイト改善により、コンバージョン率が42%向上したという事例も紹介されています。
「科学的知見の適用は、必ずしも高度な技術を必要としない」という著者のメッセージが強調されています。
本書のポイント
「ザ・ニューロマーケティング」は、最新の脳科学研究をマーケティングに応用するための実践的ガイドブックです。
- 消費者の「言葉」ではなく「脳」が語る真実を知ることの重要性
- 購買意思決定の95%以上は無意識レベルで行われているという科学的事実
- fMRIやアイトラッキングなど脳計測技術の実践的活用法
- 五感を通じた消費者体験設計の科学的アプローチ
- ブランドが脳内にどのように表現され、選択されるかのメカニズム
- 企業規模や予算に関わらず実践できるニューロマーケティングの原則
本書は特に「なぜ消費者は言っていることと違う行動をするのか」という永遠のマーケティング課題に対して、科学的な視点から解答を提示しています。
著者は最新の研究成果を分かりやすく解説しながらも、それを実際のビジネス課題に応用するための橋渡しを行っています。
ニューロマーケティングは単なる「トレンド」ではなく、消費者理解の新たなフロンティアを切り開く可能性を秘めています。
本書を読むことで、マーケティング担当者は科学的な視点を身につけ、より効果的な戦略立案が可能になるでしょう。
また経営者にとっては、投資対効果の高いマーケティング活動を実現するための指針となるはずです。
脳科学とマーケティングの融合というエキサイティングな領域に関心のある全ての方にとって、本書は必読の一冊といえるでしょう。