榎本博明氏は、心理学者であり、名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授を務めた自己心理学の権威です。
著書「なぜあの人は同じミスを何度もするのか」は、人間の行動パターンや思考の癖を心理学的視点から解明し、同じ過ちを繰り返してしまう人間の心理メカニズムを明らかにしています。
本書は累計10万部を超えるベストセラーとなり、職場の人間関係や自己理解に悩む多くの読者から支持を集めています。
認知行動療法や行動分析学の知見をもとに、日常生活や職場で役立つ具体的な対処法を提示している点が特徴です。
繰り返されるミスの心理的メカニズム
なぜ人は同じミスを繰り返すのか
榎本氏は、人が同じミスを繰り返す主な理由として、「認知の歪み」と「学習の欠如」の2つを挙げています。
調査によると、人間は自分の行動パターンのうち、意識的に認識できているのはわずか15%程度だといいます。
残りの85%は無意識のうちに行われており、この無意識の領域がミスの反復を引き起こすのです。
「認知の歪み」がミスを見えなくする
本書では、人間の認知機能の特性が詳細に解説されています。
榎本氏によれば、人間の脳は「認知的不協和」を避けるよう設計されており、自分の行動や考えの矛盾に気づかないようにする傾向があります。
これが同じミスを繰り返す一因となっているのです。
実験では、自分のミスを他人のせいにする「外部帰属」をする人は、同じミスを繰り返す確率が約3倍高いというデータも紹介されています。
タイプ別・ミスを繰り返す人の特徴
「完璧主義者」が陥る罠
榎本氏は、ミスを繰り返す人のタイプを分類し、それぞれの心理的特徴を解説しています。
特に「完璧主義者」は、高すぎる基準を設定するため、かえって重要なポイントを見落とす傾向があると指摘しています。
心理学研究によれば、完璧主義傾向が強い人は細部に意識が集中するあまり、全体像を把握する能力が約40%低下するというデータがあります。
「先送り癖」のある人の心理構造
「先送り癖」のある人は、締め切り直前に慌てて作業するため、ミスが増加します。
榎本氏の調査によれば、締め切りの直前24時間以内に仕上げた作業は、計画的に進めた場合と比べてミスが約2.5倍増加するとのことです。
- 不安を一時的に回避したいという欲求が強い
- 「いつかできる」という楽観的な時間感覚を持つ
- 短期的な快楽を長期的な利益より重視する
- 自己効力感が低く、成功イメージを描けない
これらの特徴を理解することで、先送り行動の改善が可能になると榎本氏は述べています。
職場でのミス反復と組織の問題
組織文化がミスを永続化させる仕組み
本書では、個人の心理だけでなく、組織文化がミスの反復に与える影響についても詳しく解説されています。
榎本氏の調査によれば、「失敗を責める文化」の組織では、同じミスが繰り返される確率が3.7倍高いという結果が出ています。
「心理的安全性」がミスを減らす
榎本氏は「心理的安全性」の概念を紹介し、安心して失敗や疑問を口にできる環境がミスの減少に大きく貢献すると説明しています。
ある企業での実験では、心理的安全性を高める施策を導入した部署では、ミスの報告が42%増加する一方、実際のミスは67%減少したというデータが紹介されています。
心理的安全性を高めるためには、リーダーが自らの失敗や不確かさを率直に認めることが最も重要だと榎本氏は強調しています。
また、組織内で質問や疑問を歓迎する雰囲気を作ることで、潜在的なミスが早期に発見されやすくなります。
さらに、失敗から学ぶプロセスを明確にし、ミスを個人の問題ではなくシステムの問題として捉える視点も重要です。
これらの要素が整った組織では、同じミスが繰り返される確率が大幅に低下するというエビデンスが示されています。
ミスを防ぐための認知行動的アプローチ
「メタ認知」を高めてミスに気づく
榎本氏は「メタ認知」(自分の思考を客観的に観察する能力)を高めることで、ミスの予防が可能になると説明しています。
研究によれば、メタ認知能力の高い人は同じミスを繰り返す確率が55%低いというデータがあります。
- 日々の行動や思考を日記に記録する
- 「なぜそう考えたのか」を定期的に自問する
- 第三者の視点から自分の行動を観察する習慣をつける
- 意思決定の前に「逆の立場」から考えてみる
「行動活性化」でミスを減らす具体的方法
認知行動療法の技法である「行動活性化」を活用したミス防止法も詳しく解説されています。
榎本氏によれば、行動パターンを少しずつ変えることで、思考や感情も変化し、ミスの減少につながるといいます。
実験では、小さな行動変容を継続した人は、6か月後にミスの発生率が平均37%減少したというデータも紹介されています。

他者のミスにどう対応するか
効果的なフィードバックの与え方
本書では、他者のミスに対する効果的なフィードバック方法についても詳しく解説されています。
榎本氏の研究によれば、単に指摘するだけのフィードバックは改善率が23%にとどまるのに対し、具体的な改善策を含むフィードバックでは改善率が76%に上昇するというデータがあります。
「成長マインドセット」を促す関わり方
榎本氏は、心理学者キャロル・ドゥエックの「成長マインドセット」の概念を用いて、他者のミスへの効果的な対応を説明しています。
「あなたはできない」ではなく「まだできていない」という言葉遣いの違いだけで、相手の行動改善率が51%向上したという実験結果も紹介されています。
習慣化によるミス防止の実践法
「実装意図」でミスを防ぐ
榎本氏は「実装意図」という心理学的テクニックを紹介しています。
「もし〇〇したら、私は△△する」という形で具体的な行動計画を立てることで、ミスの防止効率が大幅に高まるとのことです。
実験では、この技法を使った人は使わなかった人と比べて、ミスの発生率が63%低下したというデータが示されています。
環境デザインの重要性
本書では、環境を変えることでミスを防ぐアプローチも詳しく解説されています。
榎本氏によれば、意志力や注意力に頼るよりも、環境設計の方がミス防止に効果的だといいます。
例えば、チェックリストの導入だけで、複雑な業務におけるミスが平均47%減少したという医療現場のデータも紹介されています。
本書のポイント
榎本博明氏の「なぜあの人は同じミスを何度もするのか」は、単なるミス防止の方法論ではなく、人間の心理と行動の本質に迫る一冊です。
- 同じミスを繰り返す心理的メカニズムが科学的に解明されている
- タイプ別の特徴と対策が具体的に示されている
- 組織文化がミスに与える影響と改善策が詳細に解説されている
- メタ認知や行動活性化など実践的な改善法が豊富に紹介されている
- 他者のミスへの効果的な対応法が学べる
本書は心理学の専門知識をわかりやすく実践に落とし込んでおり、個人のミス改善だけでなく、チームや組織のパフォーマンス向上にも大いに役立つ内容となっています。
自分自身の行動パターンを見直したい人はもちろん、部下や同僚との関わり方に悩むリーダーにもぜひ読んでいただきたい一冊です。